物を買う
20代 小河です。
実りの秋です。地方新聞に茸の記事が出始めました。私の住む町では、松茸が採れ
ます。3年に一度、松茸山の権利の入札があって、数千万円で落札されるようです。
おかげさまで、毎年、ご飯や土瓶蒸しを頂けて幸せです。 が、それよりも美味しい
と感動したのは、雑茸と呼ばれる、さまざまな茸です。天然物のしめじでお鍋をした
らもう.....、くりたけの炊き込みご飯ったらもう.....。ものすごく高い
んですが、山で採ってきたのを分けて頂くことがあるので、そんな時は、信州に来れ
てシアワセ〜とか思います。
果物では、ぶどうが最盛期です。ナイアガラという、ものすごく芳醇な香のする品
種が人気なのですが、甘いのに、種の周りだけすっぱいので、この辺の人はかまずに
種ごと丸呑みにするのです。皮も出さないみたいで、始めはびっくりしました。
食べ物も、地方によって、食べ方や扱い方が様々ですね。 サンふじというりんご
は、芯の周りに蜂蜜色の”みつ”が入るのが特徴で、袋をかけず、たっぷりと太陽の
光をあびて、それはそれは甘くて美味しいのですが、その”みつ”を見て、他県では
腐っていると捨ててしまう人がいるとか。 又、故郷の龍野市の名産、揖保の糸
は、”ひね”といって、1年間熟成させたものが、美味しくて、高級なのですが、長
野の友達は、”古”と表記してあるため、こんな古いのをくれてと怒って、捨ててし
まっていたそうで、私から真実を聞いて、びっくりしていました。 いろんな所に住
むと、いろんな不思議に出会います。国内ですらこうですから、世界中の国々をめぐ
ると、さぞ面白いことでしょうね。
今日のお話は、物を買うことについてです。これが大切なのは、欲求不満を多く体
験させることで、忍耐や、本当の満足を知り、物を大切にする心を育て、自分は自
分、人は人ということを理解する大きな助けになるからです。
娘が2歳前の頃、当時住んでいたマンションの公園で遊んでいた時、りえちゃんと
いう半年ほど上のお友達が、買ってもらったばかりの手押し車を押してやって来まし
た。それまでも、周りの遊び仲間は次々に買ってもらっていて、いつも”貸して”と
お願いして、持ち主が遊び飽きたら貸してもらっていましたが、娘も小さくて、あま
りこだわってはいませんでした。 その日も、りえちゃんに”貸して”とお願いし
たのですが、りえちゃんだって買ってもらったばかりで、遊んでない時でもなかな
か”いいよ”とは言ってくれませんでした。公園仲間の暗黙の了解で、”いいよ”と
子供が言わなければ、親が勝手に貸したりしなかったので、また、私も貸してやって
なんて言いに行ったりしなかったので、娘はじっと見ていて、りえちゃんが車を放す
たびに何度も”貸して”を言いに行ってました。 結局、夕方帰る頃になって、ほん
のすこし触らせてもらえました。よかったねと言いながらお礼を言って、その場はと
りあえず気がすんで帰ったものの、家へ入ったら、よっぽど我慢していたんでしょう
ね、顔をゆがめ、べそをかきながら、自分も手押し車が欲しいと訴えました。
正直、親として娘の様子をかわいそうだなぁと見ていました。でも、買う理由があ
りません。それまでも、私は子供が何かを欲しがった時、その物が本当に欲しいの
か、親に買ってもらうという満足がほしいのかを見極めてから決めることにしていま
した。 本当に欲しい物なら待たせても欲しがるし大切にします。ところが、親が
買ってくれるかどうかを見ている時は、買ってもらえたらもう満足で、物自体はどう
でもよかったりするのです。また、人が持っているのを見て欲しがることは、本当に
自分が欲しいのではないとも思っていました。そこで、考えてみるから一寸待ってて
と言い聞かせて、しばらく様子を見ることにしました。周りのお母さん達には、理由
を話して、”貸して貸して”とうるさいけど、しばらく目をつぶっててくれるよう頼
みました。 やはり、公園では、持ってきて遊んでいない子を見つけては”貸して”
を連発して、夢中で遊んでいました。けれども、持ち主が返してと言えば、すぐに返
さなくてはなりません。ずいぶん切ない思いをしたようでした。 本当に欲しいんだ
な、りえちゃんが買ってもらったから欲しいんじゃないんだなと思えたので、買って
あげることにしました。 しかし、高価な物はイベントで買うというお約束があった
ので、本人には、あと一ヶ月先のお誕生日のプレゼントに買ってあげると約束しまし
た。 それからお誕生日までの間、お友達には申し訳なかったのですが、ずいぶん貸
してもらって遊びました。
待ちに待ったその日、デパートへ一緒に行って、娘が選んだのは、ピンクと薄い紫
の、くまさんのブーブーでした。家に着くなり、嬉しくて嬉しくて、公園までころび
そうになりながら、自分で押して行きました。ガラガラガラと音をたてて、ぐるぐる
ぐるぐる公園の中をまたがって走りました。 すると、まもなく、りえちゃん達が
やって来て、娘の新しい手押し車を見ると、”貸して”と言ったのです。どうするか
なと見ていたら、すぐに”いいよ”と言って、あっさりと車から降りて貸したので
す。ちょっとびっくりしましたが、顔を良く見ると、なんだか嬉しそうで、誇らしげ
でもあるのです。あんなに欲しかったブーブーが手に入った娘は、嬉しくて、大切な
自分の持ち物だからこそ、喜んで人に貸したのでしょう。今でもあの得意げな”いい
よ”の声が思い出されます。娘はその日、お友達と車を交換し合って、楽しく遊べま
した。
その後、約束通り、娘は車を大切に大切にして、毎日玄関に自分で片付けていまし
た。ところが、3歳になるころ、長野へ引っ越しました。社宅へ入ると、玄関が狭い
うえ、4階だったので、車は駐輪場に置くしかなく、小学校の子供達が勝手に乗り回
したり、放り投げたりしたので、すぐに壊れてしまいました。親子で悲しかったです
ね。 (入ったばかりの社宅で、私も怖くて、大きい子は乗らないでと、横浜にいた
時のようには注意できませんでしたから。それに、横浜では、当事者が言うと角が立
つから、周りの大人が注意するという慣行がありました。ここでは、誰も”貸して”
とか言いません。それでも、子供達には、自分の物が壊されるのは辛いのだから、勝
手に使わないようにしようねと話して聞かせました。)
そんな壊れたくまさんのブーブーでしたが、押して走れなくても、遊びの中でいろ
いろに使って、大切に思っていたのです。ところが、なんと、ある日、娘がくまさん
のブーブーがないと泣きながら帰って来ました。いつもだれかが使って、そこらに乗
り捨ててあるので、今度もそうかと思ったら、本当にどこにもないのです。さんざん
探したあげく、思いついたのが、明日は粗大ごみの日だったということです。その日
は日曜日で、朝から役員の男の人達が、古い自転車とか出していました。あわててパ
パと見に行ってみると、さらにバラバラにされて捨てられていました。壊れているか
ら、捨ててもいいだろうと思われたのでしょう。 持ち帰って、娘に見せましたが、
泣きもせず、じっと見ていました。もう直せないのかと聞くので、無理だとパパが答
えると、もう仕方ないから、捨ててくれと言いました。新しいのが欲しいかと尋ねる
と、くまさんのブーブーじゃないし、また壊されるのは嫌だからいらない、と答えま
した。こうして、娘は手押し車から卒業したのでした。
ものすごく欲しい物。だからこそ簡単に買うべきじゃないと思います。スーパーで
欲しがるお菓子一つだって、いいしつけのチャンスです。出かける前に、今日は何も
買わないよと言えば、泣き喚いても買っちゃいけない。親の顔ばかり見て、欲しい欲
しいと言ってたら、たいてい買ってもすぐにあきる。 その代わり、今度買ってあげ
ると約束したら、本当に買ってあげなくては。 子供は自分の稼いだお金で買うので
はないのだから、どんな物でも、良く考えて、”買う”ということを、おろそかに
扱ってはいけないと思います。
子供は人が持っているものを欲しがるものですが、自分が欲しいということが大切
です。私は、一人だけ持ってなくても、自分が欲しくなければ、いらないと言える子
供に育てたかったのです。だから、OOちゃんがXXを買ってもらったんだよなんて
聞いても、ふ〜んで終わりだし、クラスのひとがみんな持って来てるよと聞いても、
それがどうしたのだし、それで欲しいなんて言おうものなら、人のまねして欲しいな
んて絶対だめとはねつけました。子供の”みんな持ってる”はたいてい2〜3人。他
人は他人、自分は自分を確立して欲しかったので、逆に、人と関係なく、自分の言葉
で、自分の欲しい気持ちを訴えるなら、いつでも聞く耳を持って、ちゃんと相談にの
り、一緒に考えるようにしてきました。 姉と弟、2歳違い。一人一人買う物、買う
時期が違います。お小遣いの額も違う。お年玉も違う。どちらかが欲しいといって
買ってもらっても、もう一人は、うらやましく思っても、自分が本当にそれが欲しい
か考えるというふうに育ってきました。今、二人とも、欲しい物も良く考えて、時期
をみて買うようになっています。私が洋服とかを買ってあげようかと言っても、いら
ない物ははっきりといらないと言います。くやしい思い、我慢、いろいろな欲求不満
を乗り越えさせて良かったなとおもっています。
ある日、義母から小包がきて、中から魔法使いサリーのスピカバトンが2本出てき
て、びっくりしたことがありました。パパと、もしかして、1本は晃太朗のかなと話
し、お礼ついでに聞いてみたら、やっぱり息子の分でした。孫娘3人に買ってやっ
て、晃太朗一人ないとかわいそうだからと言うのです。パパは、何考えとんやとあき
れてましたが、祖母の愛情とはそうしたものかもしれません。ありがたいことです。
でも、親は同じではいけないと思います。我が子ひとり違っても、我が子ひとり
持ってなくても、それに耐える強さを、親がもつべきだと思います。私だって、見
ちゃうとかわいそうと思いましたが、”いいじゃん、うちの子はうちの子”と何度も
自分に言いきかせて、耐えました。やはり、私が、”人は人”と言われて育ちました
から、この点は、次代に伝えられたと嬉しく思っています。
この頃は、子供達によく買うねと言われ、反省したりしています。私が一番我慢が
下手です。それでも、子育ての中で、自分もずいぶん勉強したなと思います。子供に
しつける手前なんてものがなかったら、今ごろ自己破産していたかもなんて思えるか
らです。 では、また。 おやすみなさい。
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