国語教育 4

20代 小河です。

 今日、回覧板が来て、「野荒らし注意」とありました。田や畑の作物を盗む行為を
いうらしいです。初めて知りました。先月、山形のさくらんぼ泥棒が話題になりまし
たが、昨今横行しているらしいです。
 実は、夫の実家でも10日ばかり前、義母の丹精したスイカをやられました。一番
生りを全部やられたと電話があったと思ったら、翌日には二番生りも全部盗っていか
れたとかで、義母の口惜しい悔しい思いに、かける言葉がありませんでした。
 本当はこの話題、別の方向になる予定だったのです。というのは、「学校で、子供
時代に道端の何を食べたかが話題になった。」と、娘から食事時に聞かされ、家族一
同、しばし小学校時代に思いを馳せ、自分の経験を話し合っていたからです。何を
盗って食べたかなんて、とんでもない話題でしたが、楽しいものになりました。私は
ざくろやイチジクにビワ、子供達は桑の実やなつめ、夫は柿とそれぞれでした。うち
の子供達が、思った以上におてんばにやんちゃだったとわかったのもなんだか嬉し
かったです。柿の木が折れ易いなんてことは、登ってないとわからないことです。採
ろうと思って慎重に登っても、人が来てあわてて降りようとすると、枝が折れて落っ
こちるんだそうです。ちなみに、柿はどれも渋かったとか。(実は、長野のこの辺で
はどんな柿も甘くならないのです。)また、れんげや、名も知らぬ花の蜜もよく吸っ
たといいます。何が食べられるかという事などは、地域の上級生から代々教わるらし
いです。皆さんはどんなでしたか?家族で話してみると、出身地が違い、時代が違え
ば、中身は多少変わるでしょうが、以外と似た様な体験が聞けて、盛り上がるような
気がします。
 その子供達だって、畑のりんごや梨などは、いくら道路にはみ出ていようと採った
りしません。泥棒は、実を盗るだけでなく茎や根を踏み荒らすので、それ以降の収穫
も見込めません。金額では量れない精神的損害も大きいです。義母は80歳、がっく
りして1日寝込んだといいます。他者の痛みを思いやれる人間ばかりの世の中になっ
てほしいものです。

<<会話能力>>
  話す力は聞く力です。子供は、生まれてから周りを飛び交う言葉を聞きながら育
ちます。昔は大家族でしたから、家族間の対角線の数は相当なもので、自然たくさん
の言葉を自分のものにできました。ところが今は核家族に少子化です。おまけに近所
の子供集団もあまり見かけません。このため、ただでさえ言葉の発達が思わしくない
のに、少ない会話の機会を奪うもの、テレビやゲームが子供達の生活に入り込み、充
分な言葉の習得がなされていないのではと心配です。
 また、話す力聞く力は、人と付き合う能力です。子供の時から他人と向き合って、
ドキドキしながら受け答えを重ねるうち、当意即妙とか丁々発止とか会話を自在に操
り、言葉遊びを楽しむまでになるのです。その会話の訓練が不十分なまま成長してい
く子供が多いのではと危惧しています。

       (テレビと付き合う)
 私は結婚後しばらくして、夫の家族の会話の少なさに気付きました。私の実家で
は、しょっちゅう家族みんなでおしゃべりして、笑いあって暮らして来ました。初め
それは性格のせいだろうと思っていたのですが、あるお正月に真実を発見しました。
 それは食事の前後でした。夫の妹の家族4人と親2人と夫が、居間の隅のテレビから
放射状に広がって座り、顔をテレビに向けて黙って見ているのです。私の実家では、
食事の間はもちろん、食後もお茶を飲みながらおしゃべりする時間としてテレビは消
されていました。それに、四角い食卓を皆で囲み、父の正面に置かれたテレビに、誰
かが背を向けて座っていました。夫に言うと、なるほどといって、納得したように自
分の家族の様子を見ていました。
 そして我が家ですが、結婚してからずっとテレビは居間に置いて、食堂には置きま
せんでした。食事の間には必要ないと考えたからですが、環境というのは大切なもの
です。私はもちろんですが、夫も子供も食事といえば、見ていたテレビを消して、食
卓に集まります。おかげで、何よりもテレビ優先という考えは存在しません。どうし
ても見たいドラマなどはビデオに撮ればいいわけです。子供達も大きくなって、自分
の部屋で過ごすことが多くなっているので、家族そろって話ができる時間は、何にも
増して貴重なものだとみんなが感じているはずです。
 子供が小さい時は、アニメが見たくてグズグズ言うこともありましたが、私はキツ
イ親だったので、やがてあきらめるようになりました。もちろん、ビデオに撮ってと
言えばそうしてやりましたし、多少食事の時間を調整して、本当に見たい番組だけ
は、最後まで見られるよう配慮もしました。テレビは悪いものではありませんが、最
優先にはすべきでないと思います。せめて子育ての最中は、親が率先して、テレビを
消すという苦しみを受け入れるべきです。そして、家の中でのテレビの配置を考えて
欲しいです。

       (携帯と付き合う)
  高校生になった息子に、この春携帯を買ってやりました。するとこの生真面目で
気の小さい変人は、携帯のために心穏やかならぬ日々を送ることになってしまいまし
た。理由その@;メールを打つのに時間がかかる。そのA;メールの返事が来るまで
落ち着けない。そのB;相手の真意が伝わってこなくて不安。そのC;ワン切りや詐
欺に遭わないか不安等々。息子はメールで会話しようとしていたのですね。その間違
いに気付いてからは、学校の友達とはメールしなくなりました。「次の日会って話す
方が楽しいし、周りの友達も会話に参加してきて盛り上がるからいい。」といいま
す。今ではうまく付き合えているようです。
 携帯は便利なものです。家から離れた子供にすぐ連絡がつくので、小学校のうちか
ら持たせている親御さんも多いことでしょう。それはいいと思います。けれども、i
モードやインターネットへの接続は必要でしょうか。どうしてもというものではない
はずです。メールでなく、電話すればいいのです。会って話せばいいことを、小学生
のうちからメールでやりとりするのは、けっして良いとは思われません。メールで
は、一方的に短い言葉が送られ、返事をする方は、自分に必要なものにだけ返せばい
いので、楽にやり取りできて、確かに便利です。でもそれは会話ではありません。直
接言いにくいからメールで、会いたくないからメールでというのが、子供達にも当た
り前になるのが恐いです。
 私も2年前から携帯を持ち、メールでやり取りすることが増えました。最近ふと、
友達の声を長く聞いてないなぁと気付き、お礼もお願いもメールですませてしまう自
分を改めて発見しました。良くないと思い、それからは、大切なことは電話するよう
に気をつけていますが、メールの便利さの前では、せっかくの決意もくじけがちで
す。それでも大人の私達は、気まずい思いをしながら謝ることも、話しにくい相手と
話すこともできる能力を既に持っているし、使い分けの判断もできます。ところが、
子供達はそうではないのです。まだまだこれから磨いていかねばならない能力です。
かつてのテレビのようには、携帯は悪者扱いされていません。それは大人達の間で市
民権を得て、大人が何も感じていないからです。でも、最近私は恐い。どこに行って
もみんな携帯を持っていて、それにすがって生活しているように見えます。ITに
よってたつ社会になり、いつか自宅にいてすべてが整い、生の人間と付き合う必要の
ない日がくるのでしょうか。私は、子供達にそんな社会で生きて欲しくありません。
歌舞伎などの舞台の名ゼリフとか、母や大学時代の友人と交わす漫才のような面白い
会話がなくなるなんて考えられません。
 これから子供に携帯を与えようと考えておられる方は、使い方の約束をきっちりと
して、できればメールはできないというのがいいと思います。仲間はずれになると心
配なら、周りや学校を巻き込んで、みんなで、せめて小学校の間は契約しないという
ように動いて欲しいです。

 菅さん、また長くなってしまいました。ごめんなさい。
次からは、短くしますので、今回は勘弁して下さい。
 

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